~一生に一度の撤退戦略~
歯科医院の売却の「失敗事例」と「トラブル事例」
やってはいけない歯科診療所の売却 その2

はじめに

 最近、歯科医院の売却が成功したという事例をよく耳にしますが、実は、失敗に終わった事例も数多く存在します。今回は、実際に歯科医院の売却で起こった失敗事例やトラブル事例をもとに、「なぜ、そうなってしまったのか?」をその理由や原因から学ぶべきポイントについて解説します。

 まず、(図1)を改めて確認ください。この流れで最後まで進めば、めでたくゴールを迎え、歯科医院の売却は完了します。しかし、どこかのフェーズで問題解決が出来ない場合には、例え買い手が現れても破断となってしまいます。
1.売り手側の問題
2.買い手側の問題
3.M&A仲介会社・M&Aアドバイザーの問題

この3つの問題項目を念頭に、次のページの事例を見て参りましょう。

(図1)









歯科医院の売却でかかる費用を理解しないとトラブルになる・・・
実際にかかる費用について

理解しないとトラブルになる・・・
 個人立の歯科医院の場合は、事業の譲渡になりますので、概ね売却価格の5〜%程度が、M&A仲介会社へ支払う報酬となっています。
 但し、歯科医院及び不動産も併せて売却を希望する場合には、「士業に支払う手数料(図2)」も増えますので高額な費用になる傾向にあります。また、医療法人の場合は、「レーマン方式」といわれる取引金額に一定の料率を掛けて算出する成功報酬の方法を採用しています。その場合の成功報酬の計算方法は、「①株式価額ベース」「②オーナー受取額ベース」「③医療法人の価値ベース」「④移動総資産ベース」のいずれかの内容で金額を決めた上で、成功報酬が決まります。いずれにしても、歯科医院の売却にはM&A仲介会社への手数料に加え、士業に支払う手数料が併せて必要になることを知っておいてください。

トラブル回避には何をすれば良いのか?

これまでの失敗事例やトラブル事例を回避するためには、事業承継・M&Aの経験のある専門家を活用することが有効になります。特に歯科医院に詳しい専門家は、過去の経験を踏まえ客観的な立場で利益の最大化とトラブルの回避に努めてくれるはずです。また、歯科医院の売却を「焦らない、慌てない」ことも大切だと、ご理解いただいたものと思います。売り手側の院長先生だけの考えでは納得する結果を得られる確率は低くなります。買い手との相互理解を深め、利害が対立した際に味方になってくれますので、歯科医院の売却のトラブルを避けるためには、士業の活用は必須になります。早速、実際の内容・役割を見ていきましょう。

【弁護士】
契約内容に問題がないかを確認(リーガルチェック)してもらいます。但し、歯科医院のような中小のM&Aの経験がない弁護士に依頼すると、過剰に売り手側に有利な内容となってしまい破断となるケースがありますので、M&Aに精通した弁護士でないと意味がありません。弁護士に確認してもらう契約書は、「M&A仲介会社との契約書」「守秘義務契約書」「譲渡契約書」「その他付帯する契約書類」になります。

【税理士・公認会計士】
通常、買い手側の税理士・公認会計士が売り手側の決算内容や申告内容の精査(デューデリジェンス)を行います。売り手側の先生は、基本契約合意書締結以後に申告書や決算書類を買い手側に渡した後に、資料の追加要請がある場合は、税理士・公認会計士から取り寄せることがあります。

【社労士】
これも買い手側のチェックになりますが、労務管理がどのようにされていたのかチェックを行います。「就業規則」「雇用契約書」「社会保険/健康保険関連の支払い状況」「未払い残業代のチェック」などになります。

【司法書士】
歯科医院の売却だけでなく、不動産売買の際に登記の依頼をする必要があります。大阪府南部のケースでは、借地権付き土地の売買が伴うため複雑な手続きを行う必要があり、借地割合の問題を税理士とタッグを組んで解決した事例もあります。

M&A専門家への報酬一覧

 M&A仲介会社のホームページを見ると、完全成功報酬や着手金無料などの条件は、大型の医療法人向けのケースであることが多いです。個人立の歯科医院の場合、「コンサルティングフィー」+「完全成功報酬」の事例が多く、10%〜30%程度と理解していれば間違いないものと思います。

(図2)



成功する歯科医院の売却の特徴

 最後に、成功する歯科医院の売却の特徴について解説します。通常、歯科医院の売却では、買い手が見つかるまで半年から2年程度かかり、それから成約まで評価や交渉などで3~4ヶ月かかります。買い手を見つけやすいかどうかは、歯科医院の立地・規模・診療の内容・患者さんの年齢層・歯科医院の土地、建物を含む価格などによって大きな差があります。
 このことから、歯科医院の売却を成功させるためには、大きなポイントが2つあることは既に気づかれていると思います。

<ポイント1>買い手を探すまでの時間が必要であるため、じっくりと準備する
焦らずに買い手を探すためには、それなりの時間が必要となります。まずは、院長先生自身の心の整理を行い、その上でご家族との話し合いを通じて準備を始めます。その際には、必ず引退する時期の設定を行ってください。そうしないとズルズルと先延ばしとなってしまいます。
 また何も決めず心の整理も中途半端な状態で歯科医院の売却を始めると、前述のような失敗やトラブルが発生してしまいます。歯科医院の売却を成功させている院長先生ほど、しっかり時間をかけて準備をされておられます。
 過去のご相談事例では、歯科医院と併せて不動産の売却を検討されていたこともあり、3年間の準備期間を設け、当初の予定通り3年後に売却することが出来ました。しっかりと準備した結果、金額的にも満足出来るものであり、後継者である買い手の院長とも円満な関係を維持したままの歯科医院の売却となりました。

<ポイント2>現状の歯科医院の経営状況を維持する
 買い手も出来るだけ安く買いたいと思っており、売り手側の先生は出来るだけ高く売りたいと思っていますから、交渉の段階では価格の面だけでなくスタッフの雇用維持について更に踏み込むと、歯科医院の賃料(不動産の売買を伴わないが、現医院を賃貸する場合の賃料交渉)なども発生します。買い手としては購入を検討する段階で、その歯科医院の強みの源泉は何であるか?、購入後もその強みを維持できるか?更に、売り上げの伸びしろ(自由診療比率)はあるか?などの視点で魅力的な歯科医院を購入したいと思っています。
 そのため、年々売り上げが低下している歯科医院よりも、一定以上の売り上げを維持している歯科医院をM&Aの方が売却の可能性が高いと思って間違いないものと思います。出来るだけ有利な交渉とするために、現状の歯科医院の経営状況を維持しつつ、準備を始めることをお勧めいたします。

まとめ

 前回から歯科医院の売却について、2回にわたり解説させて頂きました。歯科医院の売却は上場企業のような何億円もの譲渡費用が発生するものではなく、譲渡金額が500〜3,000万円程度で決まるものが大半だと思います。廃院寸前で、売上が最盛期の半分ではなかなか買い手は見つかりません。将来、売却を検討する際には、『しっかりとした準備期間を設ける』『経営状況を維持する』ことが重要になります。歯科医院の売却は、単なる「引退」ではなく「一生に一度の撤退戦略」です。短期間で進めると失敗リスクが高まります。心の整理や家族の合意形成、専門家の支援が不可欠です。
 事業承継のアドバイザーや士業の力を借りて一生に一度の撤退戦略(歯科医院の売却)を検討してください。