第1回 歯周外科処置の有効性と歯科治療の目標


<我が国における歯周疾患の実態>
 この度、6年ぶりに厚生労働省から、「令和4年 歯科疾患実態調査」の結果(概要)が公表された。8020達成者が51・6%と2人に1人以上が達成している【表2】一方で、全年齢層の47・9%、ほぼ2人に1人が4㎜以上の歯周ポケットを有しており【表3】、高齢になるほどその割合が高くなることなどが明らかとなった。これは、高齢になっても歯が残存している人が増加したことによるものと考えられる。また今回の調査では、若年層において4㎜以上の歯周ポケットを有する者が10年前の2倍近くとなり、3人に1人が歯周病に罹患し若年層に対する口腔ケアも課題となっている。
 このように、歯の健康に対する意識の向上により残存歯数が増加する一方で、歯周病治療を必要とする患者が増加しつつある。さらに、歯を失う原因の多くは歯周病であり、また歯周病は歯の生活習慣病と位置づけられている現状を踏まえ、広く国民の健康を考えるとその状況に向き合いつつ知識・技術の習得は欠かせないと考える。ここからは、歯周病患者に対し、どのような考えのもと治療を行うべきかをまとめる。






<歯周病治療と歯周外科処置の必要性>
 歯周病患者の口腔内は様々な病態を呈し、その対応は困難をきわめることが多い。しかしながら、どのような病態であれゴールは同じであり、天然歯保存とその永続性を目指すべきであると考える。歯周病治療は、まず、非外科処置により深い歯周ポケットの改善を試みるが、非外科処置だけでは対応できない症例があり、歯周外科処置を避けては通れない状況に遭遇する。ゆえに、その適応と効用を熟考すれば目指すべき治療ゴールを勝ち得ることができると言える。
 また、視点を変えると歯周外科処置は「環境の改善」を目的とした処置と言い換えて表現できる。歯周病により生じる問題は深い歯周ポケットだけでなく歯肉・歯根・歯槽骨などの歯周組織に病態が現れ、その病態に対し可能な限りの改善を行い、患者が清掃しやすく、また術者もメインテナンスを行いやすい口腔内環境を獲得する必要がある。これこそが、JIADSの考える歯周治療の肝となる部分であり、【表4】に歯周組織にみられる問題点を列挙する。
 これらの問題点を一つ一つ検討することにより、その病態の本質や問題点が明確となり、それらに対する解決方法も導き出されることとなる。深い歯周ポケットは浅い方が良いであろうし、根分岐部の窪みは少ない方がプラークは溜まりにくい。また、歯周囲の歯肉組織のほとんどが歯槽粘膜の場合、ブラッシング時の疼痛などでプラークコントロールが難しくなるため十分に角化歯肉を確保した方が良い。これらの問題を解決するためには、非外科療法では限界があり、外科的アプローチによる環境の改善が必要となる。(*それぞれの詳細に関しては2回目以降の記事に掲載する。)
 また、このようなアプローチは、歯周病治療だけにとどまらず、歯肉縁下カリエスへの対応や歯肉ラインの不揃いに対する審美障害の改善など、非炎症性疾患に対しても有効であり、修復物の長期安定や患者の高いニーズに対応できる治療オプションを持ち合わせておくべきだと考える。それでは、日常臨床でいかに歯周外科処置を応用し、環境の改善を行うのかを実際の症例を供覧し有効性を述べる。


<症例から学ぶ歯周外科処置の有効性>
CASE1.中等度歯周炎の進行により深い歯周ポケットが残存していた症例

 全顎的に中等度歯周炎の進行が認められ、非外科処置による歯周基本治療を行ったが、4㎜以上の歯周ポケットと歯槽骨の不規則な形態、さらには分岐部病変を認めたため、歯周外科処置へと移行した。歯肉弁を剥離すると、大臼歯部には歯間部を中心に歯槽骨の吸収が顕著であり、♯27においては分岐部病変もⅢ度に近い状態を呈していた。根面の搔爬を十分に行い、極端な段差のない歯槽骨レベルとなるように骨外科処置を行った上で、歯肉弁を根尖側に下げ縫合。いわゆる「歯肉弁根尖側移動術」という術式を用いたが、本術式は、術後、歯肉が根面に沿ってクリーピング(歯冠側に這い上がって治癒)していき、生物学的幅径が獲得される。それにより、浅い歯肉溝が獲得されるとともに組織抵抗性の高い歯周環境が構築できる。この術式は、補綴装置を装着する症例に用いられることが多く、術後、歯肉退縮が起きにくく、術後の審美障害や根面カリエスなどの問題が生じにくい利点もある。詳細に関しては2回目に説明する。

CASE2.縁下カリエスによりフェルールが確保できない症例

 歯肉縁下カリエスは、日常、頻繁に遭遇することが多く、このままでは、適合精度の高い補綴処置が行えず、補綴装置と歯周組織の調和が得られないことが予想される。このような場合にも、骨外科処置を伴った歯肉弁根尖側移動術を用いることで、健全歯質を歯肉縁上に確保し補綴処置に必要なフェルールが獲得できる。歯肉弁根尖側移動術は、歯周病患者だけに応用される術式ではなく、補綴前処置としても応用頻度が高く活用の幅は広い。この一手間が、1本の歯を救い永続性のある治療へと繋がっていくと考える。

CASE3.補綴装置脱離後、放置したことにより歯の挺出を伴った症例

 過去に補綴装置が脱離し放置されていたためコアが対合歯と咬合接触している状態であった。挺出が顕著で抜歯も検討したが、比較的歯根が長く歯冠長延長術を用いることで補綴装置の維持に必要な支台歯の高径とクリアランスが確保できると判断した。本症例にも歯肉弁根尖側移動術を用い、歯冠高径を確保するとともに隣在歯と歯肉や歯槽骨レベルを整えることを目標に処置を行なった。術後、支台歯の高径を確保できたことで、補綴装置の維持力が増し、さらに歯肉レベルが整うことで均一に歯ブラシをあてることが可能となり、清掃しやすい口腔内環境へと改善できたと考える。

CASE4.歯肉ラインの不揃いによる審美障害を認めた症例

 不適合なレジン前装冠が装着されており、マージン部は歯肉退縮により根面カリエスが認められた。全ての補綴装置を除去し支台歯の状態を整えた後、補綴前処置として歯肉ラインを揃え審美障害の改善を目的に歯肉弁根尖側移動術を行った。将来的な歯肉レベルを想定し左右対照的になるように歯槽骨レベルを整えた。全ての歯においてフェルールが確保され、歯肉ラインも審美的に許容できる状態に回復され当初の目的は達成できたと考える。

 今回は、歯周病だけに限らず、日常頻繁に遭遇する様々なシチュエーションにおける歯周外科処置の有効性とともに、清掃性の高い口腔内環境の獲得、すなわち、浅い歯肉溝で骨が平坦にコントロールされており、付着歯肉が獲得されている状態を歯科治療の目標とすることをお伝えした。次号から歯周外科処置の各論に関しまとめる予定である。外科処置となると少しハードルが高いように感じる方も多いかもしれないが、この機会に、少し歯周治療や歯周外科処置に興味を持っていただけると幸いに思う。

~筆者プロフィール~
大川歯科医院  大川敏生
<略歴>
◎1998年 大阪歯科大学歯学部 卒業
◎1999年 医療法人 おくだ歯科医院 勤務 
       奥田裕司先生 師事
◎2012年 大川歯科医院 継承
                     JIADSペリオコース常任理事
<所属・資格>
◎元 東京歯科大学歯周病学講座 客員講師
◎日本歯周病学会 歯周病専門医
◎日本臨床歯周病学会 歯周病認定医
◎日本顎咬合学会 認定医 
◎日本口腔インプラント学会 会員
◎アメリカ歯周病学会 会員 
◎OJ正会員
◎K-Project会員 
◎JSCO(JIADS STUDY CLUB OSAKA)会長