昨今の我々歯科界は、医科歯科介護連携の中で「口腔ケア」は医療関係者、介護関係者の理解と歯科衛生士さんの強い頑張りを得て、少しずつ進歩してきました。しかし高齢者の「総義歯の口腔機能(今回は咀嚼のみにこだわって)回復」については、静かに胸に手をあてて考えると、果たして満足いくものを提供できているでしょうか?長年臨床を重ねても、患者さんの不満に対して、そのしっかりとした解決法を持たず、「あなたの顎が痩せているから」「入れ歯の限界はここまで」等々、「言い訳」だけが上達しているのではないでしょうか?また患者さんも「自分の歯が無いのだから」・・・「入れ歯はこんなものだ」と諦めてしまいます。高齢者が一番希望していることは、まず美味しく食べられる「食事」だというデータがあります。今更言うまでもありませんが、入れ歯の目的は患者さんが満足して十分に機能を回復できることです。私達がしっかり努力して、その期待に応えてこそ、社会から認められる医療人です。
 今回、私が皆さんに伝えたいことは、私の作製した義歯ではなく、患者さんが今まで使用中の一般的な保険の入れ歯、また学問的には、あるセオリーのもとで作成されたものや、形態も吸着も要件を満たしているもの、あるいは自費治療で作製されたものなども含めての総義歯で、フードテストを実施していない製作者は当然「うまく噛める」と思い込んでいても、患者さんは口には出さないが、何となく「うまく噛めていない入れ歯」や「まったく咬めない入れ歯」を、リマウントによる咬合調整のため初期設定された咬合器(写真1)に再度付着して、咬合器上で咬み合わせを調整して心地よく「噛める入れ歯に改善」する方法です。(ただし入れ歯の舌房が狭窄して、舌の機能を十分に果たせず食塊形成が充分満たされないもの、人工歯配列が極端に違っているもの、また健康状態を酷く害されている場合や重度の認知症・脳血管疾患・咀嚼筋力の低下・・・等々は不可能なものがあります。)
 
(写真1)(株)モリタ発売 YⅮⅯ社:スペーシー咬合器スマートⅡ 


リマウント調整による改善率99%


 この方法は少なくとも90分、慣れてくると20分で実践できる方法で、私の過去20年間以上の臨床で第三者の面前でフードテストを実施した、おおよそ500症例以上(日常臨床・学会・介護施設訪問・勉強会 等々での実施)、また前歯でも噛める入れ歯研究会のインストラクターの先生方の改善率は99%以上を収めています。(これは当医院スタッフ・前歯でも噛める入れ歯研究会インストラクターの証言です。この様な結果発表は今回が初めてです。)
 皆さん、(特に若い先生は、是非トライしてみてください。歯科医療人としての強い生き甲斐を感じますよ。)その咬合形態は、前回図表で説明しました「バランスドオクルージョンを与える調整法」です。もちろんこのリマウントによる咬合調整は新義歯作製後にも十分応用できる方法ですが、今回は現在使用中の義歯(新しく作成するのではないから、資源再利用リサイクル?です。)を利用しての咬合調整法にこだわって説明します。
 まず、患者さんが現在使用中の「うまく噛めない入れ歯」を使って、セントリックの咬合採得を行います。セントリックの咬合採得法について、書物の中では多種多彩な方法が紹介されています。一番目に付くのがゴシックアーチによる採得法です。そしてドーソン法、古いものではワイルホッフ氏の小球を利用した方法、ほかにも色々と紹介されています。ところが日本で発売されている総義歯に関する沢山の書物では、「咬合採得法」を具体的にきめ細かに説明したものはほとんど見当たりませんでした。書物によっては、ゴシックアーチ法で咬合採得を行い、完成義歯を装着すると、装着後1〜2週間から1ヵ月で義歯の咬合が変化したと述べた書物が散見されます。(セントリックが不確実であったという証だと思います。)義歯装着後、この様なことが生じると何のための作製か混乱します。
 これでは「上手く噛めない」のでは?
 ここでは「私が実践している咬合採得法」を説明します。まず患者さんの使用中の上顎義歯に耳タブ状の硬さに軟化したバイトワツクスを左右第一大臼歯の歯列上に乗せ、「下顎の義歯を右手の親指と人差し指で下顎骨にしっかり固定」します。
 
 

 大リーグ大谷翔平選手は、ボールを握る指の位置が一本分違うだけで、球種が大きく変わると言っていました。セントリックの咬合採得も指の位置は大変大切なことです。くどいようですが、私の指の位置を図解して頂きましたので、しっかりご理解いただきたいと願っています。(イラスト参照)  

イラスト提供 福岡市 駒澤 誉先生 


 次に、自分自身に「気」・「心」を込めて、落ち着いて、やさしく 「口をほんの少し軽く開けて〜」・・・・「上の歯を前に出して〜」と声をかけます。(この声かけはすごく大切です。)
 この時、人によっては下顎が「カクッ」と音を立てて大きく後退します。人は嚥下時には「下顎が最後方の位置」で、一瞬呼吸を止めて嚥下運動がスタートするとのことです。つまりこの位置で咬頭干渉が存在すると、入れ歯が安定を失います。(義歯がガタガタして上顎が落下したり、下顎が浮き上がったりする場合もあります。従って、「最後方の位置から咬合調整」を行い、咬合の安定を図ることが大変大切です。つまり「最後方の咬合採得」は大変重要なのです。そして「ゆ〜っくり噛んでくださ〜い」と声をかけながら誘導して噛み合わせを採っていきます。この位置が私の求める、皆さんにお伝えしたいセントリックの位置です。この動作は、診療室に来院されるチェアーサイドのほぼ健常者だけではなく、高齢時代の現代は、普通の椅子やベッドサイドや寝たきり状態・有病者・介護施設でも実践することが求められます。そのためには、無歯顎で練習するよりも、毎日来院される有歯顎の患者さんで練習すると、より理解しやすくなります。

 しかし、「一個のバイト」でそれが正しいということは当然説明できません。私が教えを受けたローリッツェン先生は、咬合採得を3回行い、それが正しいものであるかどうか、スプリットキャストテクニックを応用してセントリックの良否をチェックしていらっしゃいます。(下記参照)

     

 この方法を真面目に採用すると、リマウント着脱模型を作成して・・・準備から実行までに2日間を要しますので、私は超簡略化します。
 まず、3個のワックスバイトを採得し、咬合平面版を利用して上顎総義歯を咬合器に付着します。そして3個採得したバイトの1個を利用して下顎義歯の付着を行います。咬合器上で2個目のバイト、3個目のバイトの適合状態をチェックする簡略化の方法をとっています。当然、3個すべてが適合することが一番望ましいことですが、3個のバイトの内2個が適合すればローリッツェン先生が実践されたスプリットキャストと同じ結果をもたらし、そのようにして採得したバイトは正しいと考えられます。(下記参照)


 咬合採得はあまり深く採得しないこと、咬頭が印記される程度がカギです。ワックスの軟化は少し固めが望ましいようです。今回は、私が学んだ「セントリックの咬合採得法」について説明をしました。噛める入れ歯作りは「咬合採得」が一番大切だと思っています。この動作を何回も何回も訓練されることが一番大切です。頭で何度考えても腕は上達しませんし、セントリックの咬合採得は上達しません。
 ここで、平成天皇陛下の心臓バイパス手術を担当された、心臓外科医天野篤教授の新聞記事を紹介します。 



                  
 心臓外科医天野篤教授の真似をしてパチンコや麻雀、コンピューターゲームや毎日の患者さんの「有梱顎の咬合採得」等々、色々な思いつきで訓練して「反射的」に手が動くドクターになっていただきたいと願っています。




~ 次回は「咬合器上の咬合調整法」について具体的に説明します。 ~