前回はセントリックの咬合採得法についての説明をしました。
患者さんの使用中の上下総義歯のセントリックが正しい位置で模型上に装着されたら、次は咬合調整法です。
上下顎の入れ歯が咬合器に装着されたら、咬合器のインサイザルスピンを上に移動させ、バイトワックスを外して咬合させてみると、口腔内での入れ歯の咬合不正の状態がよく観察されます。
咬合調整は、「バランスドオクルージョン付与」の調整を咬合器上でおこないます。特別な咬合を与えているのではありません。口腔内での咬合調整は一切行いません。




リマウント咬合調整は次の手順です。
①中心位における咬合調整
両側関節頭のネジを0㎜に固定し、シルクの赤色の咬合紙を介入させます。早期に接触する部分を調整して、左右中心部の歯牙に均等に最低1点4〜7番、又は4〜6番、5〜7番等、均等に接触すればよしとしています。



②左右側方運動の咬合調整

右側を作業側として、関節頭のネジを0㎜のまま、左側の関節頭のネジを1㎜ずつ出して、右側の作業側がエッジtoエネッジになるまで伸ばしていきます。そこで右側の作業側の接触する部分を青色の咬合紙で発見し、平行側の5・6・7番のどこかにバランシングコンタクトが得られるまで調整していきます。(できれば6・7番が望ましいと思います。)左側運動の咬合調整も右側の調整と全く同じ方法です。





③前方運動の咬合調整
コンダイルのネジを左右同じ量、切端咬合になるまで下顎を前方に出していきます。その位置で前歯に咬合紙を入れて前歯を削合しながら臼歯が接触するまで(バランシングコンタクト調整します。5・6・7番部のどれかが接触すればOkです。できれば7番が望ましいです。前歯の削合については(図1)を参考にしてください。
 この調整法は各運動を1㎜毎に調整出来ることも特徴です。






咬合調整は文章にするのは大変困難で理解しにくいと思いますから、できましたら「かみつきがいい」入れ歯かめない義歯のイニシャルプレパレーション(生活の医療社)を読んでいただくことを望みます。またこのほかに、実際のDVDも準備しています。




これから必ず励行していただきたいのは、「フードテスト」です。
①まず薄く切ったリンゴを前歯で噛んでもらいます。
②次に少し厚めに切ったリンゴ(32分の1個)を噛んでもらいます。
③その後、16分の1に切ったリンゴを前歯で噛んでもらいます。
④次にピーナッツ半欠けら。そして1個丸ごとを前歯で噛んでもらいます。
⑤それができたら、いなり寿司か、巻き寿司を噛んでもらいます。
⑥次に「チキンのモモ焼き」を前歯で噛んでもらいます。


患者さんの噛む意欲によっては、「リンゴ丸かじり」に挑戦してもらうこともあります。これは、患者さんがうまく噛めるかどうかをテストするのではなく、歯科医師自身、つまり術者が「噛める入れ歯」を提供しているか?そうでないかを「患者さんからテストを受ける」行為なのです。
 そして患者さんに、「前歯でも噛める」意識と意欲を持っていただくための大切な儀式です。これが上手くいって初めて噛める入れ歯を提供できたと言えるのではないでしょうか?必ずこの行為を実践してみてください。

フードテストの注意点
●患者さんとの意思疎通が可能であること。
●食べる意欲を引き出す。
誤嚥・窒息は最大注意(充分な咀嚼)
機能評価生活機能評価を必ず行う。


シリーズ3回にわたって述べて参りましたものが、「噛める総義歯つくり」の実際です。
①正しい咬合採得を行う。
②正しい咬合調整(バランスドオクルージョン付与)を咬合器上で行う。

①②は短時間でできる非常に簡単な方法です。高齢者は時間がありません。まず一日でも、一時間でも速く「噛める入れ歯」を作ってさしあげることです、改善してあげることです。これはご自分のためではなく、高齢者の患者さんのためです。歯科界全体が社会から認められるためにも、ぜひ実践していただきたいと願っております。

<追伸>
日本に存在する総義歯の著書には、患者さんに対する装着後の情報が充分提供されていないものが目立ちます。私が指導を受けました先生は、1974年出版の著書の中で次のように述べられています。
1.義歯装着直後に不具合があれば、すぐに再度リマウントして調整をする。
2.何の問題がなくても、咬合はいろいろな理由で変化するから、「2〜3年後にリマウントして調整をするように。

「アトラス・オブ・オクルージョン」(HAH出版・現在絶版)より

私が受講したのは1972年ですから、この本はその2年後に出版されています。したがって、私はこのことを全く知りませんでした。教えていただいたのは九州大学補綴学教室の大学院生の継祥先生です。
リマウントによる勉強会発足直前に実施した「咬合調整の効果」について、咀嚼能力判定テストを使用した結果(資料1)、そして勉強会5年経過後、有志による認定アンケートの調査結果(資料2)、10年後の活動(資料3)をこちらにてご報告させていただきます。
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最終回は「ちゃんと噛める総義歯」で「食べる」「噛む」ことで、人の生活・健康長寿に何がどの程度影響しているのか、コホート調査や基礎研究文献を簡単に紹介し、「私見」を述べさせていただく予定です。


~ 著者プロフィール ~
河原 英雄
<略歴>
1967年 九州歯科大学卒業
1968年 久留米大学医学部 医学博士
<役職>
日本顎咬合学会顧問
日本歯科医師会生涯研修セミナー講師
日本審美歯科協会元会長
九州大学歯学部臨床元教授
台北医科大学歯学部臨床元教授
等々歴任 著書・学会講演多数