小児歯科医としてお伝えしたいこと
第3回 感染性心内膜炎の予防


私の勤務する大阪大学歯学部附属病院の近くには、大阪大学医学部附属病院や国立循環器病研究センターがあります。これらの機関には、先天性心疾患を有する子どもたちが受診しており、担当医から歯科治療を依頼される機会が多くあります。一般的に、新生児100人に1人が心疾患を有するとされていますので、日常臨床で心疾患を有する患者さんに遭遇する機会が比較的多いのではないかと思います。私自身、「口腔細菌によって引き起こされる感染性心内膜炎に関する基礎的・臨床的研究」というテーマに25年ほど携わってきました。そこで今回は、歯科領域で知っておくべき感染性心内膜炎の知識について触れさせていただきます。

感染性心内膜炎とは
 感染性心内膜炎は、心臓の弁膜や心内膜に細菌や血小板などが塊を形成して生じる疾患です。図1に、感染性心内膜炎の発症メカニズムの模式図を示します。まず、先天性心疾患などが原因になって不規則な血流が生じ、強く圧力がかかる箇所の弁膜や心内膜の内皮が剥がれてしまい、血小板などの塊が形成されます。歯科治療などで出血が生じた際には、口腔レンサ球菌が血管内に侵入し、その塊に加わってしまうことがあります。健康な人であれば、たとえ血管内に菌が侵入しても免疫の働きですぐに排除されるので心配ありません。ただ、塊が形成されている場合には、そこに菌が引っ掛かって増殖してしまいます。この塊が大きくなってくると様々な症状が生じてくるのですが、その1つが発熱などのいわゆる感染症状で、微熱がだらだらと長期間続くようなイメージです。その他には、塊が剥がれて血管の中を移動して詰まらせしてしまうことで、各種臓器の梗塞状態を引き起こすことがあります。また、塊のせいで心臓弁がうまく働かなくなることで、心不全につながったりします。
 感染性心内膜炎の治療としては、塊の中の菌を除去することが重要になります。しかし、塊の中に存在する菌は、いわばバイオフィルムの中にある菌のようなもので除去が大変難しく、高濃度の抗菌薬を長期間投与して対応することが多いようです。それでもうまくいかない時には、塊を作ってしまった心臓弁を新たな人工的なものに付け替える手術を受けることになります。感染性心内膜炎は、適切に対応しないと死に至る疾患ですので、引き起こしやすい心臓病を持っている人に出血を伴う歯科治療を行う際には注意が必要です。



歯科治療における注意点
 近年の日本の出生数が平均的に年間100万人として概算してみると、毎年1万人ほどの先天性心疾患を有する子どもが誕生していることになります。そのような人たちが歯科治療を希望して来院されることは、日常的によくあるのではないかと思います。その際には、感染性心内膜炎発症のリスクを考え、その度に専門家に紹介されている先生もおられるかと思います。ただ、先天性心疾患を有している人が、一律に発症リスクが高いということでもありません。また、基本的には、出血を伴わない処置を受けなければ、感染性心内膜炎の発症に至ることは考えにくいです。これらのことから、感染性心内膜炎をよく理解していただき、自院で対応できる症例を見極めて受け入れていただければと思います。
 感染性心内膜炎は、主に2つの条件が満たされると発症のリスクが上がります。まず1つ目は、前述のように、口腔レンサ球菌が血管内に侵入することです。【表1】に示すような観血的な歯科処置を行うと、出血部位から菌が侵入することになります。逆を言えば、非観血的な歯科処置では、菌の血管内への侵入は考えにくいということになります。2つ目は、内皮傷害を生じる基礎となる心臓病を有しているということです。しかし、全ての心疾患で内皮傷害を生じるということでもありません。心臓の専門の先生にお尋ねになると、患者さんの有する心臓病における感染性心内膜炎の発症リスクについて教えていただけることと思います。

【表1】各種歯科処置と菌の血管内への侵入リスク



日本におけるガイドライン
 感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドラインは、古くはアメリカ心臓協会が1955年に発出して以来、その後のエビデンスに基づいて改定されて現在に至っています。一方で、日本においては、2003年になって初めて日本循環器学会による「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン」が発出されました。その後、2008年の改定を経て、最新版は2017年改定版になります。私自身、2017年改定版で作成班員として指名され、歯科領域の記述に携わらせていただきました。
 ガイドライン作成班員は、私以外は医科領域の先生方で構成されており、まず要望があったのがう蝕と歯周疾患の成り立ちと、歯と歯周組織の解剖学的な情報を加えてほしいとのことでした。そこで、解剖学的な用語を示しながら、う蝕と歯周疾患の発症メカニズムを明確に記述しました。
歯科関係者からは、【表2】に示す処方に関して、何故アモキシシリンを選択するかということや、何故一度に多量の服用が必要なのかなどという疑問をよく耳にしていましたので、その点についても詳しく解説しました。
また、小児歯科領域でよく質問される重要な点も記載しました【表3】。

【表2】感染性心内膜炎予防のための術前投与(成人、経口投与:処置1時間前)

【表3】小児歯科領域に関する記述



出血すると菌が血管内に侵入する
 抜歯などの出血を伴う処置が行われると、口腔レンサ球菌が血管内に侵入してしまうことはイメージしやすいかと思います。一方で、歯髄腔にまで及ぶう蝕が放置されていれば、そこに存在する毛細血管を通じて、微量ですが持続的に菌が血管内を巡ることになります(図2)。

また、歯周疾患が進行すると、歯周ポケット内部に潰瘍面が形成され毛細血管が露出します。「軽く触っただけで出血する箇所」というように表現すると、より具体的で分かりやすいかもしれません。このように重度のう蝕や歯周疾患を放置していると、口腔レンサ球菌が血管内に入ってしまう状況であることも理解してもらう必要があります。(図3)


 出血というと「血にとってみれば、血管から出る」ことですが、「菌にとってみれば、血管内に入る」ことであるという発想を啓発していくことが重要ではないかと考えています。



~筆者プロフィール~
仲野 和彦
<略歴>
◎1996年 大阪大学歯学部卒業 ◎2002年 大阪大学博士(歯学)
◎2014年 大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学教授(〜現在)
◎2014年 大阪大学歯学部附属病院小児歯科科長(〜現在)
◎2018年 大阪大学大学院歯学研究科副研究科長(〜現在)
<役職>
◎日本小児歯科学会常務理事(国際渉外委員長)
◎日本小児歯科学会近畿地方会会長(常任幹事)
◎日本小児歯科学会専門医指導医
◎日本循環器学会「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2017年改訂版)」班員