一生に一度の撤退戦略
『歯科医院の廃業』と『手仕舞いの準備』について


以前、院長先生自身が納得のいく事業承継を行うために、考え方や手法、心構え、スケジュールの立て方や注意点を掲載いたしました。
 今回は『歯科医院の廃業』を考えている院長先生へ、廃業に向けて何を考えれば良いのか? また、どんな準備をしておく必要があるのか?
更に『納得できる廃業(手仕舞い)』についてお伝えいたします。

歯科医院をスマートに手仕舞いする成功のカギはナニか?

 近年、歯科医院経営は過当競争の渦中にあり、他院との差別化戦略や物価高騰など歯科医院の経営環境は厳しさを増すばかりです。そんな環境面に加えて、近隣に歯科医院が新規開設したり、既存顧客の高齢化に伴う来院患者数の減少、ご自身の年齢的な体の衰えや病気などから、閉院や廃業を考え始めている院長先生も多いのではないでしょうか。
 はじめに、〔図1〕の表をご覧下さい。大阪府では、健康寿命と平均寿命との差が男性は約9年、女性は約13年あり、個人差はあるものの若い時と同じ状態で診療を続けることが難しくなってきます。


 このことから、それぞれの先生の気力や体調などに差はあるものの、いつかは閉院・廃業せざるを得ないと考えておられると思います。 
 スマートに手仕舞いするためには、『廃院する時期を明確に決めること』がとても重要になります。個人開設の院長先生の場合、サラリーマンと違って定年退職がないためズルズルと先送りになることが多く、本当に働けなくなってから廃業を検討することになり、多くの制約や障害(健康上・金銭上・親族関係)を受けることになります。例えば70歳で廃院や売却すると決め、歯科医院の売却や譲渡を行い、週2日~3日程度の勤務医をしながらゆっくりと廃業(手仕舞い)するのも良いのではないでしょうか。後悔したくない院長先生ほど、廃院時期を明確に決めることをお勧めいたします。

■はじめの一歩は『こころの整理から』
 まずは、自分自身の『こころの棚卸し』という意味で〔図2〕をご覧ください。歯科医院の廃業に〝迷いはない〟という院長先生に出会ったことはなく、100人いれば100通りの迷いがあると思います。まずは、自分のこだわりや家族、お金の問題などを一旦俯瞰して、自分への問いかけを行うことが初めの一歩になります。決して結論を出すことが大事ではなく、できるだけ幅広く深く見ることで問題や課題を浮き彫りにすることが必要です。


■「納得する姿はどんなものなのだろうか?」
 迷っている自分自身を深く理解することができたら、再度、本当に閉院・廃業しなければならないのかを再検証してみてください。だれでも、年齢と共に時代の変化についていけない自分に気付きます。特に技術的な変化には、とてもついていけないと思われている院長先生もおられると思います。
 しかし余談になりますが、無理についていこうとせず、高齢になるほど「変化」には弱くなりますが、「不変(技術や考え方)」は強さを発揮します。
 即ち、時代を超えても変わらない真理については、人生経験が豊かな人ほど強いものです。高齢になるほど「不変」で勝負する方が良いと思います。
 話を戻すと、実際に対策を検討する際に、この根幹的な精神的な部分をおざなりにしては、どんな良い解決策を考えても納得のいく手仕舞いはできません。決して宗教的な意味ではなく、自己の迷いなどをじっくり考えると最終的には人生観や死生観に行き着くことになるかも知れません。この世に生まれた意味や、これまでに関わってきた方々への感謝など、精神的な迷いを自己理解し自分自身の悩みの棚卸しを行い、迷いの元を自分自身で知ることから始めてこそ、納得のいく手仕舞いの第一歩になります。
 〔図2〕は、自分自身に問いかけ、どんな面で問題や課題を抱えているのかを整理する際に活用してください。金銭的なことだけに囚われず、まずは悩みのポイントを幅広くイメージしてみてください。

■家族会議の開催と情報整理の重要性
 家族も納得する手仕舞いを行うために必要なのが家族会議です。家族会議に臨む前の準備として、個人財産と歯科医院の資産・負債などを正確に把握する必要があります。〔図3〕相続対策の一面もありますが、それより大切な『父と母の愛』の形である財産を分ける際に、何故、そのように分けるのかを話す機会でもあるのです。決して遺言という意味ではなく、家族が考えていることをお互いに理解する場にもなります。
 また、負債がある場合には、その整理方法などを話す機会になるからです。負債があるケースでは、閉院までに何とかしなければならないと思い、院長先生だけが悩みを抱えたままでは、納得のいく手仕舞いは難しくなります。手仕舞いの時期が到来するまでに金銭的な問題を整理する必要があるのは言うまでもありませんが、早期に手を打つことで問題を回避することもできます。
 また、歯科医院の売却を検討する際にも欠かせないのが資産と負債の棚卸しですので、この場合も正確な数字の把握は必須事項となります。家族会議は、仲の良い家族には不要と思われるかもしれませんが、株主総会に代わるものとして配偶者や親族を含めて将来に禍根を残さないためにも必要です。家族の意見を聞いた上での納得と賛同こそが手仕舞いの大切なポイントです。何より院長先生自身の心の整理をつけて、いつまでに閉院し勇退するのかを明確にして家族会議に臨んでください。そこが、納得できる閉院のはじめの一歩となり、家族会議に臨むための最大の準備と考えてください。


  今回は心の準備や家族会議など抽象的な内容となっていますが、歯科医院の廃業を納得できるものにするためにも院長先生自身が、「廃院時期を決める」ことこそが最も大事なポイントとなります。
 次回は、相談の多い「歯科医院の売却」を詳しく取り上げる予定です。

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渡邊 司
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~ 著者プロフィール ~
渡邊 司
宮城県出身 事業承継士、一般社団法人事業承継協会パートナーコンサルタント
ワールドインシュアランスエージェンシー㈱所属
大学卒業後国内大手生命保険会社へ入社後、現NN生命保険に入社、各地区の歯科医師協同組合と連携し相続・事業承継・保険のコンサルティングを行う。金融に強い事業承継コンサルタントとして税理士・公認会計士・司法書士とタッグを組み、「もめない事業承継・相続」を提唱し院長と後継者の間に立った全体最適のコンサルティングを行っている。中小企業の事業承継の専門家としてセミナー開催・執筆多数。